初めてのタイは
汗と冷や汗。
合言葉は「完走」

Rally of Thailand参戦記

写真と文 高桑春雄
写真協力 千葉小夜子


       

日本から送ったコンテナが・・・ない。

 今回のように海外からの参加者が多く集まったのは、ラリー・オブ・タイランド始
まって以来。スタートランプを各国の国旗で飾ってくれました。

 年の最後の参戦になる アジアパシフィックラリー選手権第4戦 Rally ofThailand 。
私も含めチーム員全員、タイは始めての渡航である。チームは日本から私とメカの伊藤、オーストラリアから何時ものコドライバー ポール、メカのダーニー、ロジャーというラリー北海道と同じメンバーでの参戦になった。北海道の事もあり今回は「絶対完走!!」を合言葉に、単なる修学旅行気分でバンコク空港に11月25日PM11時に集合した。
メルボルンから来たメンバーは我々と同じような時間に到着したが、 パースから来たロジャーは我々を空港で約10時間待っていた。
多分ひたすらビールを飲んでいたのだろう。
今回は私のほかに 清里の船木選手とコドライバーの園田選手がインプレッサで参戦することになり合同でサービスなどを行う事になった。




 ンコクからラリーが開催されるラーヨンという町まで250Kmラリー主催者が用意してくれた迎えのワゴンにすし詰め状態で乗り込み約3時間のドライブであるが深夜である為外の様子が全くわからないままホテルに到着した。午前3時であった。
翌朝、朝食後全体ミーティング中に問題発生!! オーストラリアから送ったサービスカーとレッキ車の入ったコンテナは、無事ホテル脇のサービスエリアに届いているが、日本から送ったラリーカーの入ったコンテナが行方不明ということだった。
オーガナイザーに確認するが「まだバンコクにある。」とか、「行方不明」とか情報が錯綜し、このまま到着しなかったらレッキ車のフォレスターで参戦とまじめに考えてしまった。
 昼近くまでホテルのロビーでバタバタしていたが、あきらめてサービスエリアでレッキの準備でもしようとオーストラリアから来たコンテナを開梱していると、見たことのあるコンテナが隣にあるではないか、日本郵船のステッカーまで貼ってある。
オーガナイザーに「これが我々の日本から送ったコンテナだ.。」 というと「これは増村チームのものだ。」と言い返して来た。確か増村選手はバンコクのトンボハウスさんにお世話になって、バンコクからは自走で来るといっていたので、ここにコンテナが着ているはずがない。
「とにかく確認するから・・・。」とオーガナイザーを説得して無理やりコンテナの封印をノコギリとバールでこじ開けた。扉が開く瞬間は全員で「どうか我々のコンテナでありますように」とタイ風に手を合わせ祈った。扉が開き、インプレッサのテールランプが見えた時は全員の歓声が上がったのは言うまでもない。


  ントを広げ、ラリーカーを出していよいよ準備作業に入るがとにかく暑い。
気温は37℃程度であろう。
少し動くと汗がダラダラ、ラリー中どうなるのだろうか?? マレーシア以来しばらく暑いラリーに出ていないので、体力勝負になるのかなと予感する。
 11月27日月曜日午後からレッキがスタートしたがフォレスターのエアコン付のレッキ車を用意したので快適にレッキをこなす、しかしコースはフラットでハイスピードな所とラフでクロカン4WDのラリーかと思うようなコースである。フラットで全開になると思われるコースに突然大きな穴(エグリ取られたような)が出没する。
今回は3回レッキを行うことができたが、3回目を走行しているとコース上に大きなグレーダーがコース整備をしている。
「ペースノートをせっかく作ったのにコースの状況が全く変わってしまうではないか。」
WRCや全日本ラリーであったらエントラントから相当のブーイングがでるであろうが、のんびりしていてフレンドリーなAPRCレギュラーメンバーはレッキを中断してゴムの木の木陰に集まり井戸端会議が始る。
マレーシアのカラムやNZメンバー達から「北海道ラリーがWRCに決まっておめでとう。」など色々言われるのだが、複雑な心境である。
ホテルから50Km圏内で開催されるコースの為レッキもあまりタイトでなくのんびりとこなし3日間のレッキを無事終了した。
11月30日木曜日朝からシェイクダウンに行きラリーカーのテストを行うがセンターデフの作動に問題が発生、EMCDという電気制御式のセンターデフを使用しているがどうも制御しているコンピューターに問題が発生しているようだ。ホテルに戻り早急に対策を取り慌てて車検に持ち込む。


 
  検場ではいつものオーストラリアから応援に来ているクライドに再会するが、週末の西オーストラリア選手権ラリーでラリーカー同士が正面衝突し死傷者が出てしまったとの話を聞いた。
隣接するSSで手前のSSを走行していたラリーカーがミスコースして、隣のSSを逆走してしまった事が原因らしい。今年はラリー関係者にとって悲しい話ばかりで、亡くなった方達にご冥福を祈るとともに、安全対策を真剣に考えるべき年になってしまった。夜のミーティングでチーム員全員に安全の再確認を行った。