今年もラリー飛騨高山お手伝い参戦記

今年も年中行事となってしまった飛騨高山のハイランドラリーのオフィシャル手伝いに行って来た。
昨年は林道に雪が降って大変な目に遭ってしまったが、天気予報によると今年は何とか持ちそうなのでホッとした。

BICC(バラギアイスサーキットクラブ) 鈴木博

2006年10月20日(金)
 例年通り休暇を取って高山を目指す。
今回のメンバーは私と同じくハイランドが年中行事になってしまった佐々木さんと私が太田市から、高桑さんと千代田さんが水上町から、ヒロシ君と今回初参加の星野君が富岡市から、まさたにさんが転勤で愛知から、村田君も同じく愛知からとだんだん参加者の住んでる地域が広がりつつある。
でもみんな何よりオフィシャルを楽しんでくれ、何が起きても対応できるスタッフなので安心して何でも任せられるのが頼もしい。

今回はMCSCの池田さんから金曜日の無線テストに協力要請があり、朝8時に家を出る。
ヒロシ君も朝から出発可能だったが、一緒に行く初参加星野君の仕事の都合で夜出発となった。
また関越道、長野道と乗り継いで行っても下道で行っても時間的に変わらないので今回は佐久から下道で行くことにし、佐久インター、三才山トンネル、松本市、安房峠と走って高山入りした。
途中新島々のリンゴ屋さんで近くの蕎麦屋さんを聞き、本場信州のお蕎麦で腹ごしらえ。
安房峠付近は紅葉真っ盛りで山が赤く色づいていたが、小雨が降って来たのにはビックリ、天気予報では雨の予報は全く無かったのに。

予定通り2時過ぎに朴ノ木平スキー場に着く。ロビーに行こうとしたら電話が鳴り、インターコドラ漆戸さんからの電話だった。
池田さんがレッキと一緒に林道に入っているので朴ノ木平で待機して欲しいとの事。
昔私がハイランドに出てた頃のコントロールシートの受け取り嬢だった漆戸さんとは違い、主要スタッフとしてテキパキと後輩に指示を出すベテランに成長しているのを垣間見た。
小雨の中、暫く車で待機していると手綱石油にMOSRAのリピータ機器を取りに行くとの事で漆戸さんに続いて出発する。

手綱石油からリーピータ用のアンテナと大きなジュラルミンケースに入った無線機を乗せ、青屋林道を目指す。
青屋の頂上で池田さんと合流、そこの電波の飛びそうな場所を選んでアンテナを設営、無線機の仮設置を行いテストを始める。
電波は弱いながらHQと直接の交信なら出来るのにリピータを使うと全く交信ができなくなってしまう。
それじゃぁリピータ(自動無線中継器)を使う意味が無い。
仕方なく別の場所、駄吉に移動する。そこでもさっきと同じに仮設営してテストをするが結果はさっきの場所と一緒。
池田さんはラリーJAPANの時一緒に仕事した元自衛隊の無線隊長に電話してアドバイスを貰うが状況は一向に良くならない。
前の週に行われた長野の地区戦でも、私が手伝いに行ったマツダのラリーでもリピータの動作が思わしく無かったので今回も使わない方が得策との結論になった。

毎年ハイランドは人間リピータを配置し、HQとの連絡を行っているので今年もその方法で連絡することになった。
そんな事している所にプレスのロケハンが通り掛り、行き止まりの林道に入って行こうとする。リアシートにはTommyさんが乗っててとんでもない所での再会となったが今年も御挨拶する事ができた。
Tommyさんの着ているラリアートの真っ赤なフリースがとっても眩しかった。

暗くなった頃にリピータに見切りをつけ、朴ノ木平に戻る。夕飯が朴ノ木では食べられないとの事だったので到着していた高桑さん達と高山市内に食事に出かける。
高桑さんが高山短大の先生に飛騨牛の美味しいお店を電話で聞き、大衆割烹と看板が出ている老舗に入る。
値段の書いてないメニューで高そうなお店だったが、念願の飛騨牛を食べる事ができた。
高山には何度も来ているが、初めて食べた飛騨牛は本当に美味しかった。
お肉一切れでどんぶりご飯一杯はいける!値段も凄かったけど・・・

ここで堪えきれずに一杯だけビールを呑んでしまったので千代田さんの運転で朴ノ木に戻り、一息ついていると各地から皆が到着し始めた。
まさたにさんが着き、殆ど同時にヒロシ君、星野君が到着。
だんだん賑やかになって来て皆で温泉に入って近況報告で盛り上がる。
そういやぁ去年大失敗したオフィシャルミーティングやオフィシャルの役務内容を全く聞いてない事を思い出し、あわてて池田さんに電話する。
オフィシャルミーティングは9時から朴ノ木平で。役務は八本原林道のSSスタート4回を鈴木組、とゴール2回を高桑組との事。
前回は総勢10人だったので5人づつに分れ、頭数的には余裕があったが今回は3人と5人に分かれて行うことになった。スタートは私、星野君村田君、ゴールを高桑さん、千代田さん、佐々木さん、まさたにさんヒロシ君での役割分担にした。
バラギの冬のラリーの話や同室になった長野のラリー部会長横山さん、JMRC長野支部長の小口さんと和気藹々と騒ぎ、12時過ぎには明日のオフィシャルに備えて寝ることにした。

10月21日土曜日
 翌日7時には高桑さんや横山さんが行動を開始し、年寄りの早起きパワーに目を見張った。布団でウトウトしていたら横山さんに添い寝までされ、起きない訳には行かない素晴らしい一日が始まった。
今年は2泊目の宿も同じ部屋で昨年のように布団の中で震えなくても良さそうだった。

群馬の仲間や同じチームの青島君も出ているハズなのでパドックをウロウロしてみる。
高山短大チームではラリーJAPANの裏話や苦労話で先生方と盛り上がった。同じ職場の中澤君も居て、会社以外の場所で会社の人とはお互い会いたくないね、と二人で大きく頷きあった。















今回のハイランドではクラシックカーのデモランもあるようだが我々の受け持ち林道は走らないため星野君と見て周る。
でーっかいキャリアカーが着いたと思ったら中から240RSグループBが出てきた。メッタさんがサファリで勝った車そのものだそうだ。近くで見ていた若い人からは見た事無い車ですが何て言う車ですか?だって・・・
そんな散歩をしているうちにオフィシャルミーティングの時間になってしまい、集合場所に走って戻り、説明を聞き機材を受け取る。
昨年と同じ場所、同じ役務なので説明を聞くまでも無いのだが今年はWEBにSS速報を出すために携帯メールでスタート時間を送って欲しいとの事。
SSゴールにはMCSCからゴールタイム送信専任オフィシャルが配置されるがスタートは我々が送らなければならない。
スタートには3人しか居なく、手が足りずに困ったが鈴木組の中の一番の若手の星野君にお願いした。

機材の積み込みも終わり現場に向けて出発する。国道から見慣れぬ青いGDBがついて来る。我々が受け持ちの林道のスタート場所で車から降りると慌ててUターンしているので声をかけたらギャラリーステージに行くのだと思ってついてきたとの事。
ここで見てても良いよ、と言ったのだが戻って行ってしまった。
今年はTCにしかテントの配給が無く、スタート場所にはスタートツリーと光電管の設営、自前のイスとテーブルを出して機材配置完了。私は3種類の無線機とアンテナの準備をし、SSゴールや中継地点との通信チェックを行う。
また昨年お昼用のお弁当が夕飯になっちゃたので早々とお昼を食べちゃう事にした。

今回オフィシャル初参加の星野君へ役務内容の説明をするが、昨晩の温泉に入りながら高桑さんからのオフィシャルの何たるか、のレクチャーで大分イメージが湧いたようなので詳細は現場合わせと言うことにした。
星野君もバラギのアイスサーキットでのオフィシャルスタッフなので勘所は心得ている。
でも3人だけだと寂しいので今回特別ゲストとしてチェック長に登場して貰う。
FIVと一緒に全国の全日本ラリーを回っている神谷ドクターも到着した。

そんな事をしているうちに00カーが手前のTC1に予定通りに入っているのが見える。
さぁ来たぞ、と各役割に別れ気合が入る。00カーの神岡さんのナビ森さんにスタート時間を確認し、無線でゴールに連絡する。ここから本番開始、ゼッケン1の奴田原・小田切組から1分間隔でSS1をスタートして行く。
各車スタートした後にはもの凄いホコリがたち込め、後3度もスタートやるのを思うと晴れたら晴れたで大変なのを思い知る。

オープンクラスのランサーがスタートでクラッチ繋いだ瞬間に駆動系が壊れスタートライン上で動けなくなった。周りのオフィシャル全員で押してコース外に出し早くもリタイアとなってしまった。
SS1は距離が短い事もあってその他大きなトラブルも無く無事終了した。

ゴール側の高桑組が撤収して戻って来たので高桑さん持参のテントを借り、ホコリ避けに使わせてもらう。今年晴れたのは良いがもの凄いホコリで髪の毛が益々白くなってなってしまう。
高桑さんは夕方までフリーなので一旦下界に下りて行った。
我々は移動無しで通しロングのSS5スタートをこなす。
あれ、佐々木さん、ヒロシ君、まさたにさんは何処行った?
ちゃっかりギャラリーしに林道に入っちゃったようだった。
んもう手伝って貰えると思っていたのだが甘かった、まっ今まで頑張ってくれてるから許してあげよう。
SS5は15km通しのSSなので何台かコースアウトや車両トラブルが出たようだがスタートを止める程のアクシデントはなくホッと胸を撫で下ろす。

携帯でSSスタート時間を送るのはFOMAを使ってる星野君の電話が圏外になってしまい、私のAUでやろうとしたが送信フォーマットが受け取れず、漆戸さんからは全車スタートした後で良いから送って欲しいと言われた。
でも追い上げ車がスタート時間控えを持って行ってしまうので後から送ろうにもデータがなく、送る事ができなかった。
やはり3人でスタートやってると他の事をする余裕が無く、手一杯。FIVやラジオポイントにはやけに多くの人が居たが・・・

SS5が終わってヒロシ君達も戻って来てスタート場所移動のため、機材撤収を始める。
徐々に周りも暗くなり始めた。
今度のSS9のスタート場所に着いた頃にはすっかり真っ暗になってしまいテーブルとイスだけ出し、真っ暗な中、夕飯のお弁当を食べた。でも満天の星とはこういう空の事だという位の素晴らしい星空を見ることができた、オッサンとだったが・・・大分冷えて来たので待ち時間は車の中に居た。

SS9のスタート準備が整い、SS8の状況を無線で聞いているとスタートストップの指示が出ている。コースを塞ぐ形で転倒車が出たようだ。
クルーの怪我の無いのはスグ確認でき、ホッとしたがこの転倒でSS8はキャンセルになってしまった。フライングドクター様はやること派手です!若干間は空いたが15分くらいの空きで、SS9は全車スタートして行った。
ここではゼッケン1の小田切さんにスタートツリーが見え憎いから少し上に上げて欲しいと言われ、大慌てで修正した。
全車スタート後、再度撤収して最後のSS10スタートへ向かう。

ここはSS1,5と同じ場所で今度は高桑組も一緒に居てくれ、お餅を焼いてくれたり味噌汁を作ってくれたりサービス満点で、疲れてはいたが快適に全車スタートさせる事ができた。
最終SSは皆もう気合を入れて全開で走る車は少ないのかトラブルも無かった。
全車スタートし、追い上げ車も入ったので前のSSで落ちた石田正史選手の車を上げるクレーン車が入って今回のオフィシャル業務は完了となった。

ホコリだらけの機材を撤収し、朴ノ木平へ戻る。機材返却場所ではトン汁を作ってくれていて冷えた体に染み入るようで生き返った心地になった。
部屋に帰って温泉でホコリを落とし、ビール1缶で3時頃バッタリグッスリ寝てしまった。流石に朝は8時になっても誰も起きず、館内放送で朝食をとれ、と放送され、皆寝ぼけ顔で朝ごはんを食べた。

10月22日日曜日
 
表彰式が始まる前にパルクフェルメを散歩したら将来の坂本カメラマンを見つけた。
写真の構図や車の向きなどお父さんに教わりながら熱心に写真を撮って、最後はもっと撮りたいとダダをこねる程熱心だった。
是非AJSPORTの写真を撮るようになって欲しいなぁ。

成績表の一部に意見が出たらしかったが無事競技は終了し、いつものシャンパンファイトが行われた。
目が痛くなるほどの良い天気でプレスのはずのtommyさんがスカートにヒールの高い靴を履いているのが気になったが、幸弘さんと写真を撮ってる姿を見て納得した、今回はギャラリーに来たんだと。



















いつものように帰り道は我が家のFIAへの貢物を沢山買い込み、来た道と同じように下道をヒロシ君達と帰った。
ちょうど紅葉見物の観光客の帰りの時間と重なってしまい、高速では渋滞にはまっちゃったので、佐々木さんと飛騨牛の味を思い出しながらすき家の牛丼を食べ、次の高経大ラリーのメンバーが足りないのを相談して今年のハイランドラリーが終わった。

 県戦の規模を拡大した全日本ラリーがハイランドの良さ、魅力でもあるのだが、エントラントは海外やインターラリーにも出ていてその開催をベースに考えるようになっている。
今後もほのぼのとした雰囲気は残して欲しいが、高山近辺でのスタッフマネージャが必要なのを感じた。