メルボルンのラリー屋さん。
(ダニー・マーフィー)


 2001年日本初インターナショナル格式の日本アルペン・ラリーにオーストラリアから一人で来日し、高山短大ラリー・チームのドライバーとして、2002年にはアジパシのラリー北海道に参加したダニー・マーフィーがいた。
「私は日本人が大好きです」というアイルランド人のダニーに「あなたはアイリッシュなの?優しい人ですが頑固ですね?」といったある女性の問いに、大笑いしながら「その通りです」と答えていた。

 ダニーは正式にはダニエルという。1961年2月3日アイルランドで生まれた。ラリー初参加は、1980年に行われたアイルランドのMoonraker ラリーにフィアット127で参戦、結果は20位だった。
その後、アイルランド選手権、1982−83年はパンーアフリカン・チャンピオンシップのジンバブエ・ラウンド、オーストラリアに移ってからはビクトリア州のチャンピオンシップを中心に参加。
最近では、2000年12月にメルボルン郊外で行われたハイスピードのスプリントラリーAnglia Memorial Rallyに、日本人ナビゲーターの園田選手と参加インプレッサで2位に入賞している。
 フィアット127、1500、ミニ・クーパーS、ミニ127GT(5台)、ダットサン1200、ダットサンP510、160J、プジョー304、ダットサン・ブルーバード、エスコートRS2000、サンビーム、ボグスオール、ランサーEVT、コルディア・ターボ、レガシィ、インプレッサと多くのラリーで活躍した数々の名車を乗り継ぎ、車のことを知り尽くしているドライバーでもある。

来日は3回。1回目は富士スピードウェイで行われたレースに日本人選手がドライブしたポルシェのメカニックとして参戦。
2回目は今年の2月にサマーホリディ(日本は冬)で京都や高山の歴史を探訪し、スキーや氷上走行なども楽しんだ。

現在はメルボルンでモータースポーツ・ショップ『DMA Moter Sport』を経営している。
車作りのスタイルが面白い、絶対的な速度の高いオーストラリアでは安全に関しては特に気をつけている。
車を丸焼きバーベキューのように串刺し状態で、ぐるぐる回しながらスポット溶接や下部の作業を行う。
彼のロールバーのデザインもこれでもかと言うくらい細かい。


 メルボルン・ラリーに高山短大で参加した高桑選手の現地サポートとして協力してから、同チームの参加したラリー・オーストラリア(WRC)でもチームスタッフとして協力している。
  高山短大の学生達には、サポートをするだけではなく、作業前の準備体操や、くつろいだ夕食前のひと時に英語のクイズ遊びをし、にわか英会話の時間を作るなど一生懸命に自分の役割を果たそうとするナイスなアイリッシュだ。
ターマックは20数年ぶりで、アイルランドのラリーは日本のコースとよく似ていてクネクネしたコースで当時を思い出しました。と楽しそうに話していた。