かってラリー銀座と言われた群馬、長野の山岳地帯には、伝説ともなったラリーコースがある。
今や舗装されて生活道路の一部になったり、 観光客が訪れ山の風景を楽しんだりしている。
中には廃道になり雑草が覆い、落石が行く手を遮っている所もある。
そんな中、フル・チューニングしたラリー車が東京をスタートし、国道254号線をひた走り、この山岳地一帯で激しいバトルを繰り返していた時代があった。

 車の種類の多さもギャラリーにとっては、楽しみでもあった。
ブルーバード510やバイオレット。通称27と呼ばれたレビン、トレノ。ギャランAUGSやランサー。スバル1000から1300Gなどの名ラリー車が生まれそして育った。
専用のスポーツパーツなどほとんどない時代、ドライバーが工夫を繰り返し、他の車のパーツを流用して競技に臨んでいた。バンのサスペンションどころか、トラック、果ては都電のスプリングまでが交換部品となり、運転しずらく、乗り心地も悪かった。
それでも工夫に工夫を積み重ね納得行くまで車を作っては壊しの繰り返しだった。

こんな中から育ったドライバーはいまさら言うまでもないが、世界に飛び立ったスバルの小関、ダイハツの寺尾はサファリラリーで監督を長年務め、篠塚健次郎、岩下良雄、勝田照夫、平林武などがいる。

これらのことを一つにして伝説のラリーを楽しもうというのが今回のラリー。
同窓会という方が相応しいラリー会場のあちらこちらで、懐かしそうに語り合うかつてのライバルは、当時のような車作りの情報交換ではなく、年を重ねた体型や髪の毛の自慢、果ては病気自慢にまで広がっていった。
しかし、元気だ! 
これらのレジェンドにあらためて乾杯だ。