病名は癌
目を覚まさせた長女の言葉
恵 シェフの自然食
なぜ、今ラリーなのか
形が出てきたチーム編成
パース日記
Gallery

 

























 


 どうも体の調子が悪い。虫の知らせかいきなり群馬癌センターに予約を入れて診察に行った。
“癌”だった。
7月に開腹手術をしたがスキルス性の胃がんで手が下せず余命一年という診断が下されてしまった。

知二と恵が自分達に降りかかった運命を呪わずにはいられなかった。
周囲を見ることが出来なくなった二人は、憎くみ合った訳でもなく、ただ理由もなく喧嘩をする毎日、恵も辛かったがどうして良いか分からず、恵の母とただ知二に気を使うだけ、しかし知二はその気使いすら煩わしく、再び喧嘩になり、夕飯も食べずに家を出てしまった事もあった。
外で夕飯を食べた知二は遅くになって帰ってきた。

  二人には喧嘩をする理由は何もなかった。ただ癌という一文字を吸収することが出来ずにもがいていたのだ。 
ある日5歳になる長女の愛が保育園で覚えて来たという宮沢賢治の名作“雨にも負けず”を口ずさみ始めた。
それをじっと聞いていた知二は頭をハンマーで叩かれるようなショックを受けた。

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしはなりたい

 この一説を聞いた知二は、そうだ恐がる必要はないんだ。
恐がっていたから精神的に不安定になってしまったのだ。
人はいつか死ぬ。早いか遅いかの違いがあってもいつかは死ぬ。
長く生きたかではなく、どう生きたかが問題なのではないだろうかと考えるようになった。
普段と違う両親を見ていて何かを感じていたのか、そこで口ずさむ事にどのような意味があったのか、五歳の長女にも何かをしなければいけないという思いがあったのかもしれない。